vol.5こどもの教育の理想形は? クリシュナムルティの教育論

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こどもの教育の理想形は? クリシュナムルティの教育論

子どもの教育への考えは、文科省や教育関係者や大学教授らが盛んにいろいろなことを語っていますが、全体的にはまだまだ理想形ではないと思っています。教育の手法に関しては、プロジェクト型やアクティブ・ラーニングなどありますが、本質的な心の教育というものには遠いと思います。理想的な学校をいつかつくりたいと個人的にも思いますが、クリシュナムルティという人は世界に影響を与え、自身の理想の学校も使った人です。クリシュナムルティの教育論を今回は少しご紹介します。

ジッドゥ・クリシュナムルティ
ジッドゥ・クリシュナムルティ(1895-1986)は、インドで生まれた哲学者・宗教家で、子どもの頃に神智学協会に「世界の救世主になる器だ」と見いだされ、宗教組織の中で活動しました。のちに、団体や組織の在り方に限界を感じ、自らの教団を解散させます。また、グル(導師)に従い盲信するような人々があまりに多いため、警告をならし、教えるというより問いを投げかけて気づかせる問答を行いました。彼は神秘体験を契機に、悟りに到達した人です。そして、エゴから離れた全的で、あるがままの体験へと人々を導こうとしました。長く世界中で講演や対談を行いました。

 

間違った教育

クリシュナムルティは、既存の教育制度の問題点を鮮やかに、また辛辣に述べています。日本では特に顕著な教育の中の規律ですが、クリシュナムルティは規律は、「人間よりもルールのほうが重要になり、規律を愛だと勘違いする。規律に固執するのは我々の心が空虚であるからだ」と述べています。また、「感受性は強制によって喚起させることは絶対にできず、どのような形の賞罰も精神を卑屈で鈍感にするだけ」だと語っています。

規律は子どもをコントロールする上で便宜上役に立つのですが、「正しい教育は自由と英知の養成であり、強制や恐怖があればそれは不可能」だといっているように、自由に探求できる環境を教師がつくり、生徒を支援してあげなければいけないわけです。そういう意味で、現在の教育の流れは、クリシュナムルティの考えに近づいてきています。

教育の目標のおかしさ

教育の目標はどこにあるのでしょうか? 多くの人が考えているのが、人生の成功のためです。人生の成功とは、安定した生計を得られる職業に就くことだったり、新たな事業を創って繁盛させたり、大金持ちになったり、有名になったり、つつがない生活を送ることです。そして、そのためには試験で高い点数を取ることが必要で、そのためにはたくさんの知識をつけなければいけません。

クリシュナムルティは、単なる知識の収集が教育の目的ではなく、「教育の最高の役目は人生を一つの全体として扱うことができる統合した個人を生み出すことである」と語っています。そして、キャリア最優先、お金最優先の教育の考えを改めさせようと示唆しました。なぜなら、お金のためや安定のためでは幸せになれないからです。拝金主義は、人間の内面的荒廃・心の砂漠化を生んでいると、一貫して批判してきました。

クリシュナムルティ

クリシュナムルティの教育の理想

クリシュナムルティとブッダの共通点を挙げる人は多いです。スピリチュアルな指導者としても大変活躍した人で、確かに世界中で多大な影響を与えましたが、その教えは普通の人にはとても難解です。

権力や、地位、お金を求める欲や、逃れられない不安や恐怖はどこから来るのかというと、思考です。人は社会の中でそれらを学習し、価値観を形成し、それらの限られた思考形態のなかで全て判断します。この愚かさを指摘している教育はほとんどありません。教育とは、社会の中で役に立つ力の形成であり、お金や安心に繋がるものだと信じているから、普通の教育の価値観では抵抗感が生じます。

しかし、わたしたちはありのままの今というものを見ることが出来ていません。人工的なものばかりをみて、自然のあるがままを見ることが出来ず、価値判断という色眼鏡でしか世界を見られていません。そんな人間に育てることが教育でしょうか? クリシュナムルティの教育の理想は、それら既存の思考形態を手放し、ありのままの今のなかで、自由と愛によって全的に生きるということでした。

演劇教育と絡めて

ぼくが大事にしているのは、教育のなかの自由さと創造性です。知識を与える教育、点数で評価できる教育、たった一つの答えを見つける教育、そういうものは真の教育ではないと思います。思えば、ぼくは学校教育を受けながらいつもそこを否定していました。だから決していい生徒ではありませんでした。今の若者も、精神的についていけない人が落第生のレッテルを貼られたり、不登校になったりしています。教育が間違っているのに、なぜかついていけない子どもが間違っているとみなされる社会なのです。

演劇には正解がないとよくいわれます。正解がないというか、無限に表現の在り方があるのです。そして、自由がなくては素晴らしいものが生まれません。自由がなければ創造的にはなれません。演劇教育のなかでも特に重視しているインプロやシアターゲームは、即興なので今という時間に集中します。正解を出すために勉強したり、準備したりすることがなく、今を生きることができるのです。教育効果としては明示しづらいのですが、人間本来の姿がそこにはあります。

クリシュナムルティの教育論がわかる一言集

クリシュナムルティが自身の設立した学校に送り続けた書簡集があります。このタイトルを列挙するだけでも、彼の教育に対する考えがよくわかることでしょう。

全体性の教育 わたしたちの学校の目的とは、人間の全体性を培うことです
善性 善性という美徳が存在するためには、自由が不可欠です
くつろぎ 精神は、くつろいだときにだけ学ぶことができます
恐れ 善性は、恐れが存在する場所では開花できません
知識 知識をかきあつめても英知には到達できません
責任 一人の人間は人類全体の代表なのです
学び 生の過程はすべてが学びの機会です
根本的な変化 教育とは、全面的な責任を引き受ける姿勢のことです
勤勉さ 自己へのとらわれから自由になると、豊かなエネルギーがもたらされます
安全 学校は、生徒にとっての我が家なのです
比較 模倣は精神を腐敗させます
心理的な傷 教育とは「わたし」のごく限られたエネルギーから精神を解放することです
習慣 習慣は精神を鈍感にします
 思考の働きによって美をもたらすことはできません
能力 能力は欲望によって限定を受けます
洞察と誠実さ 本物の欲求や思考を偽物から区別することはできるのでしょうか?
欲望と無秩序 欲望の影響を受けずに感覚が最高の機能を発揮することは可能なのでしょうか?
高潔さ ものごとを測る物差しをもたないとき、全体性の本質が現れます
問題 物質的・心理的な問題はわたしたちのエネルギーを消耗させます
地位 利己心は、わたしたちの人生における本質的な問題です
感受性 身体に備わる英知が健全な状態を守ってくれます
自己中心性 わたしたちの悲しみも醜さも、すべては思考が原因なのです
生きる術 関係性とは、生きる術のことです
言葉 言葉は実際の近くを妨げます
知性 大切なのは、あなた自身の物語が詰まった書物から学ぶことです
暴力性 暴力性には多様な側面があり、比較もその一つです
価値観 価値観ではなく、明晰さとともに生きることが大切です
学びのための施設 これらの場所は、人類が光明を得るために存在しているのです
人類の生存 破壊をもたらす元凶となっているのは、分離への欲求です
協力 協力には多大な率直さが求められます
英知 英知の本質は感受性にあり、それはすなわち愛なのです
思考の過程 思考は搾取と破壊をもたらします
自分自身を知る あなたが善を体現しなければならないのは、あなたが未来だからです
愛情 あなたが他人を気遣うとき、いかなる暴力も消え去ります
事実を見据える 人々は、日常生活にかかわりのない観念や信念とともに暮らしています
賞罰 賞罰に基づく行動は葛藤をもたらすだけです

「アートとしての教育 The Whole Movement of Life is Learning」
上記はこの本の中の前半の半分を抜き出しただけです。タイトルだけでも、教育のための良いリストになると思います。なかには、一般の価値観の人には「?」というものも多いと思いますが、興味をもった方は読んでみて下さい。

「クリシュナムルティの教育言論」もっと突っ込んで、やや厳しめに書いているのがこの本です。どちらも参考になるかと思います。

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一度見学してみたいものですね。インドやアメリカ、イギリスにあります。先生のためのコースもあるようです。